手をつないで、踊り明かそう

ポルカダイアリー

我が子第一と誰にでも寛容の両立って難しい

子育てってつらい。忍耐がいる。

 

大事な我が子が叩かれたり押されたりしてるのを、許容しなくてはいけない場面がある。

順番を譲るのを言って聞かせるとか、「かーしーて」「いーいーよ」のやり取りを見に付けさせるとかのその手前。まだ自他があいまいな幼子同士のいさかい。

「一緒に仲良く」ができない人間たちの未熟なコミュニケーション。

 

よく行く遊び場での、よく会う親子の話。

ひとつ年の違うその子に息子は近付きすぎて、必ず毎度手を出されている。

 

息子が選んだおもちゃを自分が遊びたいと取り上げたり。

その子が遊んでる遊具に息子が突進するも独り占めしたくて追い出されたり。

もちろん、その子が出したおもちゃに手を出して叩かれたりということもあるけど。

遊んでいた物を取ったわけでもないのに、近くの棚からおもちゃを出して遊び始めただけで羽交い絞めにされたのには血の気が引いた。

 

お互い様?

そうやって笑ってその場を収める自分に、のちのち吐き気がする。

本音を言えば、相手の子をはっ倒してやりたい気持ちだ。

「うちの子も悪いから~」って、悪いとこ探しなんて全然したくもないのに。

 

叩かれて、押されて、それが子ども同士の当たり前だとしても。

目の前で子どもが痛い目に遭っているのを心痛まずに見られるわけない。

理不尽に痛めつけられる、それが社会というものなんだとしても。

今はまだ、柔かい毛布でくるんであげていたい。

 

守りたい。この気持ちがそんなおかしなものか。

遠ざけたい。嘘は付けない本心だ。

 

あなたはどうしてすぐ目を離すのですか。

誰かとおしゃべりしている間に、ほら、また小さい子を泣かせているよ。

そうなってからじゃ遅いのに。

 

あんなに安らげた場で、今は暴力にピリピリしている。

 

それはそれとして、うちの子が加害者にならない保証もなくて。

排除される痛みや悩みを思うと、受け入れる場所であってほしいのも確か。

周りの人に寛容を求めるなら、自分も寛容でいないといけないだろう。

今はその前払いをしているのだと、つとめて言い聞かせている。

が、くすぶる気持ち。怒り悲しみ。言葉にできない我が子の心中を勝手に推し量って泣いている。

 

子も成長して、はやく、危機回避能力が身に付きますように。

見えている地雷を踏むようなことをせず、できるかぎり避けてほしい。

こわがりになってほしいわけじゃないけど、野生の勘って大事だよ。

この場合、野生というより社会性だけれど。

 

叩かれて育った子は叩くことをすぐに覚えてしまいそうで、それがこわい。